児童会選挙終了

 うちの学校では毎年この時期に児童会の会長を決める選挙が行われる。「2005年度前期会長」を決めるので,立候補者は来年度6年生になる今の5年生。つまり,私が今担任をしている子ども達である。私自身,自分が持っている子ども達が選挙に出るのは初めてのこと。もちろん,お子ちゃま達も初めて。つまり,お互いどうしていいか分からないのである。しかし,担任がそんな顔をするわけに行かないので,必死で大丈夫そうな顔を装って指示するのだ。
 クラスで2人の立候補者を立てる。2クラスあるので4人の子で選挙を戦う。うちの立候補者はダイゴとコーキ。ダイゴは自分で立候補したが,他に立候補者がいなくて推薦をさせたらコーキの名前が挙がった。もう一人ナツミが推薦されて「やろうかな」と言ったのだが,クラス内投票の結果コーキに決まったのである。
 選挙演説では立候補者と推薦者が全校生徒の前で演説をする。コーキの推薦者はコーキを推薦したカツでいいのだが,ダイゴの推薦者がいない。募った結果,ユーマ(女の子)に決定。隣のクラスは立候補者推薦者共に男の子なので,ユーマは紅一点である。本音を言わせて貰うと,カツもユーマも人前で堂々としゃべるというのが苦手な方なので,少し不安。コーキに至っては,「よく立候補するって言ったな…」と思ってしまったほどのおとなしい子なので,どうなるんだろうと思っていた。
 選挙までにやることはたくさんある。名前を書いたポスターを貼り,たすき(模造紙製)を作り,クラス全員を2つに分けてダイゴとコーキの応援団を作る。そしてその応援団で3〜6年生のクラスを回って,決められた時間に応援演説をするのだ。うちのクラスは26人(今は27だが)だったので,2つに分けると13人ずつ。ダイゴとユーマ,コーキとカツをそれぞれ教室の両端に立たせ,「どっちかの応援して貰うよ。うちのクラスは26人だよね」とだけ言って自分の行きたい方に行かせた。一瞬早くダイゴの方が13人になる。すると,迷っていた数人がすぐにコーキの応援団に並んだ。こういう所は,担任としてうちのクラスの自慢。
 この応援演説が大変。以前日記にも書いたが「あいうえお作文」を作り,替え歌を作り,みんなで笑顔の練習までして行く。毎年劇があったりもするのだが,「白々しいからやめようや」とお子ちゃま達が言い出してやめた。で,どれだけ教室の中で大きな声を出して練習していても,いざ本番違う学年の前でやるとなると緊張する。かちんこちんの無表情な顔。出ない声。動きのない応援演説。礼儀正しい挨拶もできない。その上,後ろで見ていた綾戸に「元気がなさすぎ!」と怒られる。はじけ具合が足らない(というか,わりとオトナ)なあの子達にとって,ハジケて来いというのはしんどい話だというのは分かっている。たぶん中学生に同じことをさせたら私が闇討ちに合うくらいだ。分かっていても学級担任の勤め。口を酸っぱくして言わねばならない。一部の女の子達はものすごくうるさがっていた。(顔見れば分かる)
 選挙前日の昼。休み時間を使って選挙演説のリハーサルがある。毎年演説者のだらだらした態度&お辞儀にいらついていた綾戸なので,指導はビシビシに厳しい。お辞儀は緊張してるからできるけど,演説はぼろぼろ。覚えてないわ,おどおどしてるわ…わりとこういう場に強いダイゴでさえ,他の先生に「ダイちゃん,かちこちだねぇ」と笑われるほど。コーキに至っては「右手と右足が一緒に出てる」。
 この日の放課後,職員室の話題は「今年は誰になるかいまいち予想がつかない」というものだった。隣のクラスの立候補者ヤスはまじめ一直線だが,融通が利かず堅い。エイトは座ってる姿がどっしりしていてかっこいいのだが,しゃべるとおどおどしてしまう。うちのダイゴは演説が理論派ですらすらだが,公約がヤスと同じで後にしゃべるから不利か。コーキは爽やか笑顔なのだが,押しが弱い。一進一退で「楽しみだね。こんな楽しみな選挙は久しぶり」と言われた。
 当日の朝。ダイゴとコーキは「演説完璧に覚えてきた!」と自慢げ。しかしカツとユーマはまだダメダメ。大休憩の時間,3年生の担任の先生が綾戸に声をかけてくれた。
 うちのクラスの子がね,日記に書いてたよ。今日の選挙のこと。「ぼくは,今日の選挙がとても楽しみです。4人とも,クラスに来て演説をしたときはすごくよかったです。だから,ぼくはこの中の誰がなっても満足です」だって!
 嬉しかったので,教室に帰ってみんなにそれを話した。照れてたけど,少し盛り上がった。しばらくすると,ダイゴがすねだした。「ヤスの方が後から公約を出したくせに,僕の公約と同じなんだ。僕は2年前から考えてたのに。あいつがパクった。なのにどうして僕の方が演説が後なんだ」そりゃぁうちは2組であっちは1組だから,という単純明快な答えなのだが,公約がどっちが先とはいえ似てくるのは仕方ない。子ども同士でもそういう話をするし,担任も「うちのがこんなこと言ってる」と話をするからだ。授業をつぶして「じゃあ具体策を一つ付け加えたらいいんじゃない?」という話になり,いろいろ考えた結果,ナツミが「大縄とび大会とか,楽しいの言えばいいんじゃないの?」とアイデアを出し,ドッヂボール大会など,という魅力的な言葉を付け加えることになった。コーキの公約は「明るい挨拶の為の挨拶運動」なので,コーキが演説の最初に「こんにちは!」と言うとき,みんなで「こんにちは!」と返すことにした。その後,カツとユーマの演説特訓大会になったのだが,コーキがぼそっと「ドッヂボール大会を言われたら,負けるな」と言っていたのが聞こえた。如何ともし難い。
 ユーマはそこそこ覚えているが,はきはきしない。カツに至っては覚えてない。給食準備中にマンツーマン特訓大会。それでもへろへろしてるので,雷が落ちた。「アンタがそんなんで,コーキが落ちたらどうするんよ!くねくねしゃべるな!アンタが立候補しなかったのは6年生の運動会で応援団長になりたいからなんでしょ?そんなへろへろに,学校のみんなだって応援されたかないわ!!アンタの持ち味は大声と元気なんだから,全面に出しなさい!」 やっぱりみんなの前に出なければならないというので縮こまっていたのだろうか。この雷で少しカツの目が開いて元気になった。
 給食終わって昼休み。演説に立つ4人が大好きな外遊びにも行かず,自主的に教室で演説の練習を始めた。教卓の後ろにある私の椅子の上に上がって,順番に演説をする。教室に残っている子達がその前に陣取って座り,「ボタン留まってないよ」などとチェックを入れている。カツは掃除時間も返上でぶつぶつと覚えていた。
 5時間目。ついに本番。4人は先に体育館に行き,私はクラスの子ども達を連れて体育館に向かう。「うおおおお!どうしよう!誰に入れよう!」と緊張気味の子ども達。「応援した人に入れないといけないんじゃないん?」「そうなん?」それは自由でいいよ,と説明をしておく。「センセだったら誰に入れる?」ととんでもない質問をされた。「先生には選挙権ないからね」と逃げると「権利あったら誰に入れる!?」と逃げ道封鎖。ぎゃー…。すごい顔をしていたのだろう。うちのクラスで一番オトナ発言をするカズキが「先生はそんなこと言っちゃいけんのんじゃないん?」と助けてくれた。
 演説。ユーマが呼ばれても2秒ほど反応しなかったり,コーキが待っている間にほわーっと口を開けていて「センセ!コーキ君魂が抜けよる!」と私の近くの子がひそひそと焦っていたりといろいろあったが,昨日のぐちゃぐちゃ演説は何だったんだというくらいに気合いの入った演説を8人がしてくれた。しかし,演説終わった後の拍手はダイゴが一番だったかな…。
 投票をし,教室に帰って結果の放送を待つ。少し私の選挙話を聞かせて和ませ,漢字のプリントをさせる。みんな手に着かない。プリントを取りに1/3くらいが別室に行った頃,放送が入った。
 「投票の結果,ダイゴくんに決まりました。後の3人は副会長です」
 うわぁっという歓声と拍手。コーキも拍手していた。みんなでお祝い。それからコーキにも拍手する。ご苦労様。「ダイちゃん,胴上げ?胴上げ?」という周りのセリフを聞いてダイゴが一言。「俺重いよ?やれるもんならやってみろー」
 しばらくして別室に行っていたミツヒロが飛んで帰ってきた。「センセ!センセ!!アコちゃんとサチコちゃんが号泣しよる!目が真っ赤よ。俺もそれ見てたらもらい泣きしちゃったよー」当分時間が経って,ようやくその2人が帰ってきた。本当に目が,というよりは目の周りまでもが真っ赤。コーキがうつむいた。真剣にプリントとにらめっこ…のふりをしてめがねを外す。必死で漢字を書く。時々,袖が目に行く。
 早めに子ども達を返して放課後。いろんな先生方が誉めてくださった。ありがたい限り。しばらくしてコーキの家に電話を入れておく。お母さんが出て「ケンゴくんがね,うちまで一緒に帰ってきてくれたんですよ。でね,『副会長だから福があるよ〜』って言ってくれたんです♪」ケンゴは,ダイゴの応援団だったのにね。
 
 他人のために泣けたり,敵(?)のフォローが出来たり,クラスの友達のために応援が出来たり,もらい泣きが出来たり。今回のことでものすごい成長を遂げたと思う。一番変わったのはコーキだ。あのおとなしいのが,朝教室に入るときに「おはようございます!」って大きな声で言い,すれ違う人にも挨拶するようになった。演説も堂々としてた。つられて周りも「コーキ君と一緒に挨拶運動に行ってきてもいい?」と聞くようになった。
 実はダイゴもコーキも,私が2年間,手塩にかけてきた子だ。些末なことですねる癖があったダイゴに「アンタがリーダーにならないといけないんだよ」と言い続けていた。コーキには前に出るように言ってきた。だけど,選挙があったことで自分でやる気を出して前に出てきたこと。成長をしたこと。それがすごいと思う。
 あの子達そのものに素地があるから,だろうけど,目指している「ステキ・アホ・クラス」に一歩近づけた。願わくばもうちょっと弾けてくれないかなぁ。