眠れぬ夜

 祖母の時計が止まろうとしている。
 父の実家は横浜で、私が住んでいた広島からは遠いので、行くのはお正月のみ。祖父母に会うのもその時だけで、諸事情により10年以上行き来がなかった。だから祖母の記憶もあまりない。優しくて常にニコニコしていた、働き者という印象だけだ。
 数年前から痴呆が出てしまい、施設に入居していた。私の結婚前に一度だけ見舞に行ったが、私のことは覚えておらず、父を見て「息子によく似た人がいるなぁ」とつぶやいたくらいだった。
 病気に肺炎を併発し、いつ呼吸が止まってもおかしくないと、心積もりをしておけと言われた。一緒に住んでいた伯母が夕方病院に呼び出されたが、とりあえず落ち着いたとメールがあった。
 私には何もできないのだ。もちろん病気を治してあげるなんてできやしない。顔を見せても仕方ないし、簡単に動くこともできない。旦那を会わせることも。ひ孫にあたるちびを見せることも。あなたの孫は幸せに過ごしていると伝えることも。ただここで祖母の時計が止まるのを待つだけだ。
 祖父が亡くなった10歳の時には流した涙は、今流れない。祖父と同じくらい好きな祖母なのに、歳をとったということか。連絡が来たら泣くのだろうか。