孫の居場所

 放課後、お子ちゃま達をほとんど帰して職員室に戻ると、出張していないはずの校長の席におばあちゃんが一人座っていた。何事かと思っていたら、おばあちゃん曰く「孫が学校に入っていって帰ってこない」 みんなで一生懸命話を聞いて、それをまとめてみると
「お姉ちゃんが今度1年ミユキちゃん、弟がミノル君。
 二人が校内に入っていって帰ってこない」
というのだ。
 教頭先生があちこちに電話をかけたり、うちの今度の新入生を調べたり。だけどそんな子いない。学校内もみんなで探してみた。残っていたうちのクラスのお子ちゃま達も一緒に探してくれた。でもいない。校舎内を探しながら、ふと思いつく。(苗字)ミノル…同姓同名が卒業生にいたよな…。周りで探していた先生も、「そんな子いたよね…?」と不振顔。これって…。
 当時の担任は去年転勤になってしまったけど、隣のクラスの担任がO先生だったから、確認。「うん、ミノルはお姉ちゃんがいたはず。おばあちゃんもいたよ」ミノルのお父さんは仕事でいないので、近所の人に確認。わざわざ学校に来てくれ、やっぱり、卒業生のおばあちゃんで、ちょっと痴呆の気があるということが判明した。
 「みんなで探してるから、ちょっとここで座って待っててね」と職員室に座らせておく。おばあちゃんは「どこに行ったのか…かくれんぼしなくてもいいのに」と心底心配そう。「おうちに電話してみる?」と聞くと、立ち上がって電話まで行くけど、番号が思い出せないらしい。服の色も思い出せない。そのうち「学生服を着ていた」と言い出した。小学校入学前なのに制服ないよ?と聞いたら、「そんな気がする」との返事。
 結局、ミノルの家は私が知っていて、近所の人も「お父さんの車があるよ」と教えてくれたので、私が車を出して教頭先生と二人、おばあちゃんを家まで送っていった。「私、荷物持ってなかったかな」「帽子かぶってたかな」「二人ともどこ行っちゃったのかな」「穂の長い草、置いて来ちゃった。うちはいいから学校で植えてください」 おばあちゃんは、いろんなことを話す。適当に合わせて返事をする。「はい、ありがとうございますね。学校で大事に植えさせてもらいますね」 おばあちゃんは、何も持たずに来たのだけど。
 ミノルの家に着く。おばあちゃんは迷わず家に入っていく。鍵が開いていたのに誰もいなかった。取りあえずお父さんに連絡をつけ、近所の人にお礼がてらことづけておく。おばあちゃんは最後まで二人の心配をしていたけど、「もし学校で見つかったら、すぐまた送りますからね」とにっこりすると、「本当にお世話になりました」と深々頭を下げてくれた。
 帰り道。疲れ果てていた教頭先生は「綾戸さんはやさしいねぇ。わしはもう疲れちゃってさ〜…」と言ってくれた。
 どうなんだろう。私の行動は「優しかった」のだろうか。適当におばあちゃんに合わせて相づちを打って、嘘もつきつきなだめて、結局家に一人置いていく。おばあちゃんにとって、何が一番よかったのだろう。
 私の父方の祖母も痴呆だ。先日、本当に久しぶりに会った。私や弟の顔も分からない。父の顔を見て「息子によく似た人がいるなあ」とつぶやくくらいだ。相づちすら打てなくて、泣きそうになるのを我慢するのが精一杯だった。今日のおばあちゃんは、他人だから、あそこまで演技ができたのかな。
 分からない。